HIP HOP人気アーティスト50選以上!【レジェンドから若手まで網羅!】

HIP-HOP人気アーティストまとめ

HIPHOPとは?

HIPHOP(ヒップホップ)の発祥は、1973年にニューヨークのブロンクスでDJ Kool Hercというジャマイカ系アメリカ人の若者がパーティーを開催したことで生まれたと言われており、それが所以で「レゲエの弟分」とも称されています。音楽としてはトラック(ビートボックスなど)にラップを乗せた曲を意味しますが、現在のHIP HOPは4大要素(DJ、ブレイクダンス、グラフィティ、MC)から構成されていると言われています。
歴史としてはそれ程古くなく1970年代から始まっています。年代によって流行りのようなテイストがあり、一番初期がオールドスクール、80年代がミドルスクール、ニュースクール、ギャングスタラップ、Gファンク、サザン(南部)、チカーノ(メキシコ系)、ヒップホップソウル(R & B)などのジャンルがあります。
アメリカのカルチャー(ストリートギャング)を色濃く反映しており、メッセージ性が強いものからパーティ向きまで幅広い曲があります。
最近ではファッションでもストリート/HIP HOP要素を交えたものも主流になり、全世界で音楽やファッションなどは目にするようになっています。
今回はHIP HOPで人気のアーティストをアイウエオ順に50名紹介して行こうと思います。(今後もどんどん追加予定です。)
曲数が多く全て動画を添付するとサイトが開かなくなってしまうので、一部曲はテキストリンクにて紹介しています。

HIP HOPの世界的人気アーティスト50選以上!

アーティストについての解説とおすすめ曲を2つ紹介していきます。どんどん追加して50人を超える予定としています。

A Tribe Called Quest(ア・トライブ・コールド・クエスト)

通称「ATCQ」です。
1988年に結成され5枚のアルバムを発表した後、1998年に解散しています。しかし、彼らのスタイルは現在でもかなりの影響をあたえ続けています。
1980年代のヒップホップのイメージって首にぶっといゴールドチェーン、手にはごっついゴールドの指輪みたいな「タフ・肉食系」というスタイルが主流でしたよね。
そんな中、A Tribe Called Quest(ア・トライブ・コールド・クエスト)は真逆ともいえる「草食系ヒップホップ」という、全く新しいスタイルで革命を起こしました。
ジャズ、ソウル、ファンクからロックまでさまざまなジャンルの音楽をサンプリングしたサウンドと、遊び心が溢れる身のまわりの出来事を歌詞にのせ、ヒップホップのニュー・スクールと呼ばれる新たな時代を作りました。ヒップホップ入門にはもってこいのグループです。派手さではなく渋さを求める方にオススメです。

代表曲:Check The Rhime・Leaders of the New School

アウトキャスト(OutKast)

ヒップホップデュオでメンバーはアンドレ・3000とビッグ・ボーイの二人です。現在は活動を休止しており2000年前後に活躍していました。
2002年にグラミー賞最優秀アルバム賞を受賞しており、2003年のHey Ya!でビルボード1位を獲得しています。
私も当時はアウトキャストの曲を聞いていましたが陽気で楽しげな曲が多く、独特な音楽はクラブではかなり盛り上がっていました。
ラップはもちろんですが歌も豊富で聴きやすい曲が多いです。
ドラムンベースと高速ラップーを交えたB.O.B.なども正にそんな曲ですし、Hey Ya!なんかはHIP HOPというよりPOPに近い感じで誰でも楽しめる曲だと思います。

代表曲:Hey Ya!・Ms. Jackson

EVE(イヴ)

アメリカ・フィラデルフィア出身の女性ラッパー、女優です。
1999年に「レット・ゼア・ビー・イヴ…ラフ・ライダーズ・ファースト・レディ(Let There Be Eve…Ruff Ryders’ First Lady)」でデビューしました。
EVE(イヴ)の魅力は彼女自身のラップスキルが高いことはもちろんですが、私たちを飽きさせないような、さまざまな音楽性を持たせた楽曲が多いことです。
サビがはっきりしていて聴きやすくできている楽曲があったり、R&Bっぽい楽曲があったりします。ヒップホップ初心者でも聴きやすいと思います。
デビューからの3年間で3枚のアルバムをリリースします。それは飛ぶように売れ、世界中に名前が知れ渡りました。
その後の数年間は、新作の話も聞こえず、ファンとしても寂しい数年間でしたが、首を長くして待つこと11年。2013年に4枚目のアルバム「リップ・ロック(Lip Lock)」がリリースされます。EVE(イヴ)の魅力が詰まった作品になっています。ぜひ聴いてみてください。

代表曲:Who’s That Girl・Make It Out This Town

Wiz Khalifa(ウィズ・カリファ)

アメリカのHIP HOPアーティストで代表曲はワイルドスピードの曲として使われた「See You Again」などがあります。

幼い頃からとても賢かった用で芸名の由来もアラビア語で成功者を意味する「khalifa」と、賢いという意味を持つ「Wsdom」を掛け合わせてWiz Khalifaとなったそうです。
インデーズのレコード会社から、2009年に大手の「Atlantic Records」と契約を結び徐々に成功を掴んで駆け上っていきました。
最盛期は2010年前後かと思いますがこの頃に人気曲をいくつも残しており、Snoop DogやT-painともコラボしています。
個人的な所感ですがあまりねちねちしたラップというより少し爽やかな印象の歌が多いと感じます。

代表曲:See You Again・Sucker for Pain

Wu-Tang Clan(ウータン・クラン)

Wu-tang Clan(ウータン・クラン)は、メンバーが10人もいる非常に大所帯なグループです。(メンバーとしてはメゾットマンが有名ですね。)
10人それぞれがソロ・アルバムを出していて、しかもそれがことごとくヒットしているというスーパー・グループ。
完璧なキャラ立ちがなされ、MCスキルから何からどれを取り上げてみても、これほど完成したグループは、この先も出て来ないだろうともいわれています。
Wu-Tang Clan(ウータン・クラン)の凄さは、リーダーであるRZA(レザ)の常に時代の先を行く独特なプロダクション・センス。そして、それに応えるメンバー全員の強力な個性(キャラ立ち)がピッタリ合い、楽曲全体の魅力が増幅し続けているということです。
リーダーのRZA(レザ)をはじめ、メンバーもソロ活動が活発なので、Wu-Tang Clan(ウータン・クラン)の楽曲をガッツリ聴きこんでから、ソロでリリースしている楽曲もチェックしてみて下さいね。

代表曲:C.R.E.A.M・Gravel Pit

M.O.P(エム・オー・ピー)

M.O.P.(エム・オー・ピー)は、Lil’ Fame(リル・フェイム)とBilly Danzenie(ビリー・ダンジニー)によるハードコア・ユニットです。
外見で判断してはいけませんといわれますが、「いかにもハードコア」といった風貌の二人です。
彼らのアルバムやシングルの解説、紹介文には「勇ましい勇者」とか「ハードコア魂」または「ぶしつけで挑戦的」などの言葉がたくさんでてきます。
もちろん誉め言葉ですよ。
M.O.P(エム・オー・ピー)の二人は「アツイ野郎」なんです。そして「男くさい奴ら」最高です。
彼らの基本的なラップ・スタイルは、異常に高いテンションで、どんな楽曲も乗り切ってしまうこと。
昨今、ヒップホップとロックのコラボレーションバンドが続々と誕生していますが、ラップ界最大のハードロックスターであるM.O.Pが火付け役なったのは誰もが認めるところです。

代表曲:World Famous・Ante Up

Eminem(エミネム)

ヒップホップ界のモンスター!で知らない人は恐らくいないほど有名です。日本でも映画8マイルなどの影響もありとても人気です。
Eminem(エミネム)はヒップホップ界において白人として成功したアーティストです。
Eminem(エミネム)の魅力は高速ラップと独特の韻の踏み方にあると思います。
黒人ラッパーのゴリゴリな感じの声もいいのですが、Eminem(エミネム)の声もたまらない!それと、メロディーラインでしょうか。
彼はアフリカ系アメリカ人やヒップホップをやっている黒人と親しくなり、14歳になる頃にはMCとして活動を始めています。
ヒップホップと言えば、黒人ばかりの世界ですが、Eminem(エミネム)はそんな世界の中で数々のMCバトルやコンテストで優勝を収めていきます。
しっかりとしたスキルがあり、それを黒人に認めさせた。だからこそ成功を収めたのでしょうね。

代表曲:Not AfraidBeautiful

LL Cool J

LL Cool J は、1968年にニューヨーク州ベイショアで生まれ、クイーンズ出身として活躍しているヒップホップMCです。彼の活動は音楽だけにとどまらず、俳優としても高く評価されています。

LL Cool J の本名は ジェームス・トッド・スミス (James Todd Smith) ですが、LL Cool J の名前の由来は、「Ladies Love Cool James(女性たちに愛されるクールなジェームス)」を略したものから来ています。ジェイムズ・オンドレア夫妻の一人息子として生まれましたが、幼少期は日頃から両親の喧嘩が絶えず、実の父親から虐待を受けて過ごしていました。
彼が14歳の時に両親が離婚し母親に引き取られたLL Cool J は、RUN DMCやカーティス・ブロウといったミュージシャンの出身地であるクイーンズで過ごすことになりました。
9歳の時にラップに目覚めたLL Cool J は、自分でデモテープを作ってレコード会社に送っていましたが、その中でデフ・ジャム・レコードに所属するビースティ・ボーイズのキング・アウト・ロックが彼の才能に気付いたことから、1984年に若干16歳という年齢でデビューすることができました。
1984年にデビューシングル ”I Need A Beat” をリリースし、翌年の1985年にはデビューアルバム ”Radio” をリリースしました。このデビューアルバムは、デフ・ジャム・レコードで初めてのプラチナディスクとなるほどの成功を収めました。
1987年にはセカンドアルバム ”Bigger and Deffer”  をリリースし、アルバムに収録された曲 ”I Need Love” はビルボードのR&BチャートでNo1を獲得し大成功を収めました。また、この曲はヒップホップでは初の快挙といわれています。
”I Need Love” の成功や見た目の格好良さから女性から絶大な人気を集めた LL Cool J でしたが、そのために他のラッパーからディスられたことからドラッグに溺れるといった時期もありました。ですが、祖母の「ラッパー達をノックアウトしてやりなさい」という言葉に奮起することで ”Mama Says Knock You Out” を発表し、見事に復活を果たしました。
その後もラップ界初の10作品連続でプラチナアルバムをリリースしたり、二度のグラミー賞を受賞するほど音楽界で活躍した LL Cool J ですが、「S.W.A.T」「チャーリーズ・エンジェル」などといった映画やドラマなどでも俳優として出演して、役者としても高い評価を得ています。それ以外にも自身のアパレルブランド「James Todd Smith」を立ち上げるなどといった多彩な活動を行っています。

代表曲:All I Have・Flava in Ya Ear

N.W.A.

N.W.A(エヌ・ダブリュ・エー)は、、1986年にアメリカのカリフォルニア州コンプトンで結成された、イージー・E 、ドクター・ドレ、アイス・キューブ、MCレン、DJイエラの5人で結成されたヒップホップグループです。バンド名の由来は、”Niggaz Wit Attitudes”(主張する黒人たち)の略語です。
1980年代中頃、ドクター・ドレとDJイエラは、クラブDJで名前が知られていたことから、レコードをリリースするほどの実力がありました。そこに、ドラッグを売りさばいていた、ギャング育ちのイージー・Eや、ドクター・ドレの近所に住み、地元のグループで活動していたアイス・キューブ、イージー・Eの近所に住んでいたMCレンが加わることでバンドが結成されました。
1988年にデビューアルバム  “Straight Outta Compton”  をリリースしましたが、アルバムの中に収録された  “Fuck Tha Police”  が FBIから非難されたことや、”Straight Outta Compton” のミュージックビデオがMTVで放送禁止扱いとなったことが話題となり、N.W.Aは盛り上がりを見せ始めていたギャングスタ・ラップ界の大本命となりました。
デビューアルバムは、業界からのサポートが殆ど得られなかったにもかかわらず、翌年4月にはゴールドディスクに、7月にはプラチナムに認定されました。デビューアルバムは「ローリングストーン誌が選ぶ史上最高のアルバム500枚」にも選出され、2015年に公開されたN.W.Aの伝記映画『ストレイト・アウタ・コンプトン』は大ヒットを記録しました。
その後も1990年にセカンドアルバム  “100 Miles and Runnin” を、1991年にはサードアルバム  “Niggaz4Life”  を発表し、いくつかのヒット曲も飛ばし人気のあった彼らでしたが、売上金の着服疑惑などからメンバー同士の確執が生まれ、1989年に主力メンバーのアイス・キューブが、1991年には、メイン・プロデューサのドクター・ドレーが離脱したことから、解散にいたりました。西海岸ヒップホップグループでは伝説的グループとまで言われた彼らですが、解散後各メンバーはラッパー、音楽プロデューサー、俳優、映画監督などで活躍しています。

代表曲:Straight Outta Compton

Kanye West(カニエ・ウェスト)

アメリカのラッパーでデザイナーでもあります。グラミー賞でも何度も受賞経歴があり多くのアーティストのプロデューサーでもあります。
2000年代にJayZに才能を認められてロッカフェラ・レコードと契約をし快進撃を続けています。

私の好きなcommonのアルバムBeのプロデュースもしており、数多くのアーティストに影響を与えたラッパーです。
2013年にリリースしたチャカ・カーン(Chaka Khan)『Through the Fire』をサンプリングした曲が好きでよく聞いていました。
曲はPOPなものからカッコイイものまで幅広くとても聴きやすい感じの曲が多いと個人的に感じています。
若い頃からファッションにはとても精通しており、とてもお洒落なことでも有名です。
フェンディでインターンをするなど感性と技術も磨きVUITTONやNIKE、adidasなどともコラボ製品を販売しており、彼自身もパリコレデビューを果たしています。音楽のセンス、デザイナーとしてのセンスを兼ね備えた異例のHIP HOPアーティストと言えます。

代表曲:Stronger・Ni**as In Paris

カーディB(Cardi B)

アメリカのブロンクス育ち。『今、最高の女性ラッパー』といわれています。
2017年にリリースされたデビュー・シングル「Bodak Yellow (ボーダック・イエロー)」はすぐに注目され、全米1位を獲得します。
さらには、多くの種類の賞へノミネートされ、カーディB(Cardi B)の名前は瞬く間に世界中に知れ渡ることとなります。
カーディB(Cardi B)の魅力は、誰にも媚びない姿勢。自身の過去の経験や、職業を隠さない姿勢。お下品な言葉もバンバン言うし。
つねに自然体な姿でいるところじゃないでしょうか。「私はこうよ!なにか?」というような、ハッキリした人物像が、絶大な支持を得ている理由なのだと思います。
とかく、Instagramの記事や、インタヴューでの発言ばかり注目されがちですが、ラッパーとしてしっかりと実力を発揮しているので、ずっと注目していきたいアーティストです。

代表曲:Bodak Yellow・I Like It ft Bad Bunny & J Balvin

Group Home(グループ・ホーム)

Lil’ Dap(リル・ダップ)とNutcracker(ナット・クラッカー)の2MCが組んだラップ・デュオ。
Gang Starr(ギャングスター)に才能を見出されてギャングスタ・ファウンデーション(GANGSTARR FOUNDATION)からデビューしました。
彼らは難しい単語を使うということもなく、そうかといってふざけるでもなく、ただ淡々と自分の現状やら胸の内を明かしていくというスタイルで「クールなラップ」と表現されることもあります。世間からの評価は、正直なところあまり高くないGroup Home(グループ・ホーム)ですが、ニューヨークのゲットー(ghetto)で生きてゆくことの厳しさを、正直に語っている彼らの言葉にはかなりのリアリティがあります。
そういった部分にも着目しながら、聴いて欲しいラップ・デュオです。
ギャングスタ・ファウンデーション
Gang Starrが率いる東海岸のラッパーの集まり。1993年に設立。
ニューヨークのゲットー(ghetto
低所得者層が暮らすエリアの俗称。治安も悪い。

代表曲:Livin’ Proof・Supa Star

Kool G Rap

Kool G Rapは、1968年に生まれたニューヨーク市クイーンズ出身のアメリカ人ラッパーです。
Kool G Rapの本名はナサニエル・トーマス・ウィルソン  (Nathaniel Thomas Wilson) ですが、Kool G Rap の「G」はギャングの  “Sam Giancana” にちなんで  ”Giancana” もしくは “Genius” を表すと述べています。
Kool G Rapは、クイーンズのコロナの貧困に苦しむ地域で、伝説的なプロデューサーであるエリックBと一緒に育ち、エリックBを通してMCを探していた DJPolo と出合いました。
その後、DJPoloとクール・ジー・ラップ・アンド・DJポロ  (Kool G Rap & DJ Polo) を結成し、1989年に “Road to the Riches”、1990年には “Wanted: Dead or Alive” を、そして1992年には “Live and Let Die” と3枚のアルバムをリリースました。アルバムはヒップホップのクラシックとして高く評価されましたが、1993年に Kool G Rap は DJPoloと別れ、ソロのキャリアへと進んでいきました。
1995年にナス、MFグリムなどをゲスト出演をフューチャーしたデビューアルバム “4、5、6”をリリースしましたが、このアルバムは最も商業的に成功したアルバムで、US Billboard200アルバムチャートで24位にまで達しました。
その後もコンスタントにアルバムを発表した Kool G Rap ですが、デビュー以来、複雑な多音節の韻を使用していることで知られており、歌詞の中にマフィアとハードコアなストリートコンテンツを吹き込んだ最初のラッパーとしても知られています。
Kool G Ra pの高い技術的能力から影響を受けたミュージシャンも多いことから、「ヒップホップのゴッドファーザー」とも呼ばれ、ジェイ・Zのトラック「アンコール」では、「私がラップを聞くのは、彼のプライムでGラップを聞くようなものだ」と Kool G Rap に敬意を表しています。

代表曲:Fast Life

Gang Starr(ギャング・スター)

Gang Starr(ギャング・スター)のは一言で言うと男臭いとい感じです。
同年代の「奴ら」が名声を手にいれる姿を横目に、我が道を突き進んでいる感じ。
Guru(グール―)の唯一無二のモノトーン・ヴォイス。淡々とした控えめなラップが渋いです。それにくわえて、DJPremiere(DJプレミア)のサンプリングの技術とサンプリングするネタ(楽曲)を選ぶセンス。このふたりの組み合わせによって生まれた楽曲は本当にカッコイイです。
90年代のヒップホップ・シーンを語るなら、このGang Starr(ギャング・スター)は外せません。大きな影響を与えたことは誰もが認めるところだと思います。
2010年のGuru(グール―)の死去によりGang Starr(ギャング・スター)の再結成など無いと思われていたのですが、まさか2019年に新作が聴けることになるなんて驚きでしたね。往年のファンにとっては涙もんです。アルバム『One Of The Best Yet』を、ぜひ聴いてください。

代表曲:Mass Appeal・Family and Loyalty feat. J.Cole

Kendrick Lamar(ケンドリック・ラマー)

アメリカのHIP HOPアーティストです。今やグラミー賞の常連のアーティストなのでご存知の方も多いと思います。
影響を受けたのはG-ファンクと言っており、影響を受けたアーティストは2PAC、NAS、エミネム、ビギーなどだそうです。
(G-ファンクとは80年代末のHIP HOPサブジャンルでドクタードレーなどが有名にしました)
あまり派手な見せびらかすHIP HOPアーティストという印象よりかは、堅実な態度が目に付くアーティストで、歌っている内容もチンピラとして生きることではなくそういったところから抜け出せない葛藤のようなものを歌っているものもあります。

代表曲:HUMBLE.・Alright

KRS-One

KRS-One は1965年8月にニューヨーク州ブルックリンで生まれ、サウスブロンクス出身として活動している MC および音楽プロデューサーです。
KRS-One の本名はローレンス・パーカー(Lawrence Parker)ですが、KRS-One という名前の由来は「知識がほぼ全ての人々を支配する」(Knowledge Reigns Supreme Over Nearly Everyone) の頭文字を取ったものです。KRS-One という名前の他にも、「クリス・パーカー」、「ブラストマスター」、「ティーチャ」、「フィロソファーズ」などの別名も持っています。幼い頃に母親の再婚相手から虐待を受けていた KRS-One は、16歳で家を飛び出しストリートで暮らすようになります。その後、ユナイテッド・アーツというグラフティー・クルーに加わった KRS-One でしたが、マリファナを運ぶ途中に捕まり刑務所に服役することになりました。
出所後、ホームレス向けの更正施設でカウンセラーとして働いていたスコット・ラ・ロックと出合うのですが、スコット・ラ・ロックが週末にDJをしていたことから共に活動するようになり、KRS-One、Dナイス、そしてDJのスコット・ラ・ロックの3人によるヒップホップグループ、ブギ・ダウン・プロダクションズ(Boogie Down Productions)が結成されました。
1987年にはファーストアルバム ”Criminal Minded” を発表しましたが、2枚目のアルバム ”By All Means Necessary”  を発表する直前にスコット・ラ・ロックは頭と首に銃弾を受けて死んでしまうという悲劇が起こりました。
ジュース・クルーとのビーフやブリッジ戦争(Bridge Wars)、そして盟友スコット・ラ・ロックが射殺されるという悲劇が起こった後、KRS-One は自らを “ザ・ティーチャー”と称し、ストップ・ザ・バイオレンス運動 (暴力廃絶運動) を結成し、40都市の大学を回る講義ツアーを行いました。
デビューアルバムでは性や犯罪を扱ったブギ・ダウン・プロダクションズでしたが、スコット・ラ・ロックの死後は社会に目を向けたコンシャス・ラップに目を向けるようになり、パブリック・エナミーに並ぶ、最も人気のあるヒップホップグループとなりました。
バンドは5枚のアルバムを発表した後1993年に活動を停止し、同じ年に KRS-One はソロ名義で ”Return of the Boom Bap” というアルバムをリリースし、2020年までにこのアルバムを含む15枚のアルバムを発表しています。

代表曲:Sound of da Police・Classic

Common(コモン)

彼の魅力はなんといっても「紳士的なラップ」ではないでしょうか。
いつの時もフレッシュで、その時代に合った音楽を探求する姿はヒップホップアーティストの中でも随一と言われています。20年以上のキャリアからしても、レジェンドと言われておかしくない人です。
Common(コモン)は、言葉を大切にし、紳士的な歌詞でアメリカばかりか、世界中を魅了しています。それは歳を重ねるごとに、ますます説得力を増してきています。このCommon(コモン)のスタイルは、ヒップホップ界の多くのアーティストたちに尊敬されていて、さらには音楽業界からも高い評価を得ています。
Common(コモン)の楽曲の中でも特に洒落た雰囲気の楽曲は特におすすめです。大人世代でも十分酔いしれることができます。
2006年からは俳優として映画デビューをしています。これまでたくさんの映画に出演し、俳優としても、これまた高評価を得ています。
シカゴのラッパーということもありジャジーな渋めで落ち着いた曲が多く個人的に大好きなアーティストです。

代表曲:Resurrection・I Used To Love H.E.R.

The Pharcyde(ザ・ファーサイド)

The Pharcyde(ザ・ファーサイド)の魅力はサウンドが多彩だということです。明るく楽し気な曲もあれば、渋めの曲もあります。
また、時には鋭い社会風刺が込められていて、その辺をさらりとフロウしたりします。ドキッとさせられる内容も多く、今聴いていても古臭さがなく飽きがきません。ジャンルとしてメインストリームのゴリゴリな感じというよりかはアンダーグラウンドHIP HOPとして認識されているのではないかと思います。
ロサンゼルス出身のグループで、Imani(イマーニ)、Fatlip(ファットリップ)、Booty Brown(ブーティ・ブラウン)、Slimkid(スリムキッド)の4人で活動していました。
クラブでのライヴで鍛え抜かれた4人の掛け合い(MC)は、抜群のコンビネーションですね。その軽快な展開は、飲み会で盛り上がっている若い子たちの話を聞いているようです。
ハードなヒップホップはお腹いっぱいというかたや、ヒップホップに興味があるけど、何から聞けばいいのか迷っているかたにはちょうどいいかもしれません。
フロウする:歌手で例えると、「歌い方」とか「表現」のようなイメージ

代表曲:Runnin’・Otha Fish

ザ・ブラック・アイド・ピーズ(The Black Eyed Peas)

1995年に結成されたアメリカのヒップホップ・アーティストグループです。
ザ・ブラック・アイド・ピーズの魅力は、アルバムをリリースするたびに音楽性を進化させているという、彼らの音楽スタイルではないでしょうか。
音楽業界と私たちをいつも驚かせ、先を見越した音楽を創り続けています。
2011年に活動休止を宣言しますが、2015年、『世界を音楽の力で救う!』という宣言のもと、活動を再開します。
Will.i.am(ウィル・アイ・アム)、Apl.de.ap(アップル・デ・アップ)、Taboo(タブー)の3人です。
2003年に女性ボーカルのFergie(ファーギー)が加入しますが、現在は事実上脱退しています。
1stアルバム、2ndアルバムとも一般的なヒットにはならず、ファンの中で盛り上がるにとどまったのですが、3rdアルバムでFergie(ファーギー)が加入し、かなりポップスの要素を取り入れたアルバムになりました。ヒップホップ初心者にはおすすめですよ。

代表曲:Just Can’t Get Enough・Let’s Get It Started

Jay-z(ジェイ・ジー)

本名はショーン・コーリー・カーターといい、幼い頃はニューヨークの貧しい地域で育ってきました。
そこから這い上がり現在の地位を築いたと考えるととんでもないサクセスストーリーです。

芸名の由来は「ショーンはいつもお洒落に着飾っていて、華やか(jazzy)だ」と友人に言われたことからJay-z(ジェイ・ジー)にしたそうです。
ラッパーでもありますが、現在はプロデューサーでもあり企業の社長でもあります。奥さんはあのビヨンセで最も成功したHIP HOPアーティストと呼ばれても過言ではありません。HIP HOP会の中では最も有名で最も裕福なアーティストと言えるでしょう。
グラミー賞の受賞数も20個以上と化け物級で、R & B、ロックなど幅広いジャンルに影響を与えリンキンぱーくなどのアーティストとコラボレーションをしています。

代表曲:Umbrella・Crazy in Love

Snoop Doggy Dogg(スヌープ・ドギー・ドッグ)

現在は「Snoop Dogg(スヌープ・ドッグ)」または「スヌープ・ライオン」などの名前でも活動している『ラップ界のキング』です。
19711020日生まれ、カリフォルニア州出身のラッパー。祝50歳。

近年では、新時代をにぎわせているミュージシャンとの交流・楽曲リリースも行っており時代の流れとともに、自身も常に進化し続けています。
俳優、バスケットボールのチーム経営、さらにはお料理本出版などマルチに活躍する姿は私たちに、常にポジティブ思考で行こうぜということを示してくれています。長く成功しているのでコラボするアーティストも超大物ばかりです。
何をしていても独特な雰囲気を放ち、力強い魔法みたいな魅力を持っている人です。
若い頃はヤンチャだったSnoop Dogg(スヌープ・ドッグ)ですが、今では「アンクル・スヌープ」などとと呼ばれ、若いラッパーをはじめ、みんなに慕われる存在になっています。

代表曲:Who Am I? (What’s My Name?)・Snoop Dogg & Wiz Khalifa – Young, Wild and Free ft. Bruno Mars

タイガ(Tyga)

アメリカ カリフォルニア州出身のラッパーです。
彼の魅力は、フロウ(歌い方)、リリック(歌詞)などはもちろん、リズム感、メロディーにいたるまで、トータル的にカッコイイということです。
2008年にデビューアルバムをリリースしますが、これはあまりヒットしませんでした。その後レーベルを移籍し、2011年にセカンドアルバムをリリースします。
このアルバムからの先行シングル「Rack City」は全米チャート7位を記録するヒット曲になりました。その後も、コンスタントにアルバムのリリースを続けています。
プライベートばかりが注目され、破天荒ラッパーといわれたりするタイガ(Tyga)ですが、アーティストとしての才能も魅力も十分あり、1曲1曲の完成度がかなり高く、癖になるリズム感がたまりません。

代表曲:Ayo with Chris Brown・Temperature

De La Soul

De La Soul は、1987年にアメリカ・ニューヨーク州ロングアイランドで結成された、ポス、トゥルーゴイ、メイスの3人からなるヒップホップ・グループです。結成以来長年にわたってジャングル・ブラザーズやア・トライブ・コールド・クエストらとネイティブ・タンズの中心的グループとして活動しています。
当時の主流であった「金」や「銃」などといったマッチョなイメージのヒップホップではなく、独自のユーモアセンスとジャズ、ファンク、ディスコなどといった多様なジャンルの音楽をサンプリングしたサウンドにより、ジャズ・ラップやオルタナティブ・ヒップホップといったジャンルに大きな影響を与えました。
1989年にデビューアルバム “3 Feet High and Rising” を発表しましたが、ポジティブな歌詞や革新的なサンプリング方法、ウィットに富んだスキットなどから歴史に残る名盤となりました。また、アルバムに収録された “Me Myself and I” は ファンカデリック(Funkadelic)の “Knee Deep “ をサンプリングしています。また、このアルバムはビルボードのラップアルバム・チャートで1位を獲得しました。
ヒップホップの多様化に大きく貢献した De La Soul ですが、その後もコンスタントにアルバムをリリースし、2006年にはゴリラズとコラボレーションした “Feel Good Inc.” でグラミー賞を受賞、そして2016年の  “and The Anonymous Nobody”  は、デビューアルバムに続いて27年振りにビルボードのラップアルバム・チャートで1位を獲得しました。
メンバーの3人は同じ高校生の同級生ということもあるのか、彼らのフレンドリーなムードや心地よいグルーブは多くの音楽ファンを虜にしました。

代表曲:All Good

DMX

DMX(ディー・エム・エックス)と読みます。アメリカのHIP HOPアーティストです。
芸名の由来は80年代に使用していたドラムマシン「Oberheim DMX」から取ったそうで勢いのあるパンチの効いたラップが特徴的なアーティストです。
また犬が吠えるような「WOW!WOW!U〜!」みたいな感じのシャウトが入り独特なグルーヴも印象的です。
影響を与えたアーティストも数多くあのKendrick Lamarにも大きなインパクトを与えてアーティストです。
経歴も過去のアルバムの売り上げが全米で何度も1位を獲得するなど人気があり、俳優としても活躍していましたが、2121年に50歳という年齢で亡くなっています。個人的にも当時はクラブや車でガンガンかけて思いっきり激しく踊ることが好きでした!ぶち上げたい時におすすめです!

代表曲:Party Up・X Gon’ Give It To Ya

DJキャレド(DJ Khaled)

アメリカのDJで見た目は優しそうなぽっちゃり体型の男性で、1075年生まれの本名はハレド・モハメド・ハレドでイスラム教徒です。
Fat Joeが在籍している「Terror Squad」の一員でもあり、過去にHIP HOP会のビックネームと作品を作りつつ2000年代に入って本格的にブレークし始めます。
2017年のアルバム『Grateful』では、ジャスティン・ビーバー、リアーナ、ビヨンセ、ジェイ・Z、アリシア・キーズ、カルヴィン・ハリス、ニッキー・ミナージュ、ナズなど豪華アーティストと共演しています。また2021年には12作品目のアルバムをリリースしており、今やHIP HOP会だけではなく幅広い人脈を生かして、マルチなジャンルで活躍するスーパープロデューサーでありDJであると言えます。

代表曲:I’m The One・Do You Mind

Drake(ドレイク)

カナダ出身のラッパーで、最近のヒットチャートに必ずと言っていいほど名前が挙がってくるアーティストなのでご存知の方も方も多いと思います。
もともと俳優もしていたこともありドラマなどにも出演しています。また、歌もめちゃくちゃ上手なの単なるラッパーだけではありません。

過去にリアーナと交際していたそうで、その後にはジェニファー・ロペスともお付き合いをしていたそうです。
過去に全米チャートでも首位を何回もとっておりHIP HOPに限らず、R & B初めて多くのアーティストとコラボレーションしており、音楽の幅を広げてヒット曲を量産しています。
カニウェストとビーフの関係であるそうですが、最近は和解したとも言われています。
これからもヒットチャートの上の方にいるアーティストだと思うので是非、チェックしてみてください。

代表曲:In My Feeling・God’s Plan

Travis Scott(トラヴィス・スコット)

アメリカ出身のラッパーであり、生まれはアニメのタイトルにもなっているサウスパーク出身でとても治安の悪い地域です。
両親の意向もあり別の街に移り住んだ方が良いとなり中流階級の方が多くすむ街に移住し、大学まで進学していますが音楽のために中退をしています。
音楽性に関してはPVを見ても分かりますが何かとても芸術的な印象を受けるため独特の世界観のあるアーティストだと感じています。
ニューヨークを活動拠点としていましたが、ワイントンに移住し、キャリアを築きはじめ2012年にかにウェストのレーベルと契約しそこからは、成功を納めていき現在の人気となっています。
コラボレーションしているアーティストもジャスティン・ビーバーやマルーン5、ドレーク、カニウェストなど大物と共演などもしています。
ファッションの面ではナイキとコラボレーションしてスニーカーなども販売しています。
ただ昨年の主催イベントで8名が倒れて亡くなってしまう事件が起きてしまっています。(現在も訴訟中とのこと)

代表曲:SICKO MODE・goosebumps

2PAC

2PAC は、1971年に生まれたニューヨーク市マンハッタン区ハーレム地区出身のヒップホップMC、俳優です。

2PAC の本名はトゥパック・アマル・シャクール(Tupac Amaru Shakur)ですが、名の「トゥパック・アマル」は古代インカ語で「輝ける龍」という意味があります。
母がブラックパンサー党の党員だったという環境で育った 2PAC ですが、母アフェニは彼が12歳の時にハーレムの劇団へ入団させることで表現の場を与えました。また、1986年には、ボルティモアで芸術学校のオーディションに合格し、そこで演劇やバレエ、音楽などを学びました。この頃に「MCニューヨーク」という名前でラップ音楽も書き始めました。
1991年には「MCニューヨーク」というMCネームでデジタル・アンダーグラウンド(Digital Underground)の一員として ”Same Song” でレコード・デビューを飾りました。
その後自身のソロとしてデビューアルバム “2Pacalypse Now” をリリースし、翌1992年には映画「ジュース」に出演し、ミュージシャンだけでなく俳優としても注目されるようになりました。そんな 2PAC でしたが、1994年に5発もの銃弾を被弾する事件に巻き込まれました。このとき現場にショーン・コムズとノトーリアス・B.I.G.がいたことから、この事件はバッド・ボーイ・レコード(二人が所属し、ショーン・コムズが代表を務める東海岸の音楽レーベル)の陰謀だと疑ったことから、ヒップホップ界を西海岸と東海岸で激しく対立する原因になりました。
また、1995年にはファンにアナルセックスを強要したレイプ疑惑で4年6ヶ月の判決を受け、デス・ロウ・レコードのオーナーであるシュグ・ナイトが用立てた140万ドルの保釈金で出所するまで9ヶ月もの間刑務所に入っていました。
服役後の1996年に4枚目のアルバム “All Eyez on Me” をリリースし、獄中で読んだイタリアの政治思想家ニッコロ・マキャヴェッリに感銘を受け、自身のアーティスト名を「マキャベリ(Makaveli(The Don Killuminati))」と改名しました。
デビュー以来コンスタントにアルバムを発表し、西海岸を代表するヒップホップMCとなった 2PAC でしたが、1996年にラスベガスで友人のボクサーマイク・タイソンの試合を観戦後、横付けされたキャデラックからの銃撃を受けて死亡しました。25歳という若さでの死は、後に同様に何者かに殺害された Notorious B.I.G. と合わせて、アメリカ東西海岸ヒップホップ抗争の犠牲者と言われました。2PAC の死後も多数の未発表音源が発掘され新作がリリースされていますが、2PAC の音楽は彼に憧れていたエミネムをはじめとする多くのミュージシャンに影響を与えています。

代表曲:Hit ‘Em Up・California Love

Nas

Nasは1973年にニューヨーク市のブルックリン区に生まれ、クイーンズ区の南西部にあるクイーンズブリッジ団地で育ちました。父親はジャズ・ミュージシャンのオル・ダラ(Olu Dara)で、Nazの弟もブレイヴハーツ(Bravehearts)というヒップホップ・ユニットで、ジャングルという芸名で活動しています。


Nazの本名は、ナーシアー・ビン・オル・ダラ・ジョーンズ (Nasir bin Olu Dara Jones)ですが、「Nasir  = アラビア語で助け人、保護する者」、「bun = 子」、「Olu Dara Jones = nazの父親の名前」を表しています。
音楽的に豊かな環境で育ったNazでしたが、中学2年で学校を退学しドラッグの売人となりました。ですが、その間もNazはクルアーンや聖書などを熟読するなどといった勉学を続け、同時にヒップホップに感心を持ったことからラップも早い時期から始めていました。
1991年にNazはヒップホップグループ、メイン・ソース(Main Source)の曲 で初めてラップを披露すると、当時16歳だったにもかかわらず枯れて趣のある声や、ラキムに影響を受けたフロウと詩性を感じさせる歌詞が話題になりました。
その後、1994年にデビューアルバム “Illmatic” をリリースし、このアルバムは多くのヒップホップ雑誌から高い評価を得たことから、ヒップホップのクラシックと呼ばれました。またこのアルバムには実の父親であるオル・ダラも参加しています。
1996年にはトラックマスターズ(Trackmasters Entertainment)、ドクター・ドレーらを製作陣に迎え、セカンドアルバム “It Was Written” をリリースすると、全米チャート初登場1位を記録し、瞬く間に300万枚を売り上げるセールスを記録しました。
その後も精力的にアルバムを制作し、10枚目のアルバムにはボブ・マーリーの息子であるダミアン・マリーを招いたり、12枚目のアルバム ”Nasir” ではカニエ・ウエストが制作に携わったことで、ヒップホップ界を代表する2大アーティストのコラボとして話題を集めました。
Nazの詩的で難解な表現や文学性の高い深みのあるリリックは高く評価され、ヒップホップ界きってのリリシストとまで称されています。ラップもギャングスタラップからメッセージ性の高い内容や世界情勢を題材にしたコンシャスラップと幅広い題材を扱っています。

代表曲:Nas Is Like・Road To Zion

Nelly(ネリー)

ネリーはアメリカの有名なラッパー、俳優です。80~90年代のヒップホップサウンドに多大な影響を受けて、自分のサウンドに生かし、名曲を生み続けているラッパー、Nelly。
アルバム「Nellyville」は全世界で1,000万枚のセールスを記録し、グラミー賞も受賞しました。また、俳優としての活動も盛んで、映画などで拝見された方も多い事でしょう。
Just A Dreamは2010年にNellyによりシングルリリースされた曲です。
当時Nellyと交際中だったashantiとの関係についての曲ではないかと話題を呼んだ、限りなくR&Bの雰囲気に近いとてもムーディなHIPHOPの曲です。何処か切なさ、抒情的なトラックが繊細な感じを醸し出しているおすすめの1曲です。
DilemmaやNelly ft. Kelly Rowlandまるで歌っているかのようなラップが特徴的なネリーと、透き通る歌声が魅力的なケリーローランドが2002年にリリースした曲です。
ヒップホップの曲にしてはとてもメロディアスな1曲で、ネリーとケリーの掛け合いが落ち着いた雰囲気を創り出しています。
代表曲:Just A Dream・Dilemma

ニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)

アメリカのラッパー、シンガー・ソングライターです。
2010年のデビュー・アルバム『ピンク・フライデー』は全米1位を獲得し、このアルバムから
シングルとしてリリースされた「Super Bass」が大ヒットしたことで、彼女はヒップポップ界での存在を不動のものにしました。デビュー当時の衝撃は物凄いモノがありましたね。
ニッキー・ミナージュ(Nicki Minaj)はデビュー前から多くのアーティストとのコラボレーションなどで話題にはなっていたのですが、デビュー後、さらにコラボのお誘いが増えました。
おそらくですが、ラップはもちろん上手いのですが、歌も上手いのでどんなジャンルでもいけるという彼女の強み、そして魅力的な声にひきつけられてのことだと思います。
奇抜な衣装でも注目を浴び、ファッション業界でも活躍するなど、日本での知名度も高い人気アーティストの一人です。

代表曲:Starships・Super Bass

Notorious B.I.G.

Notorious B.I.G. は、1972年にニューヨーク州ニューヨーク市出身のMC、ラッパーです。

本名はクリストファー・ジョージ・レイトア・ウォレス(Christopher George Latore Wallace)ですが、Notorious B.I.G. の「B.I.G.」は、「Business Instead of Games」の略で、「ビー・アイ・ジー」または「ビッグ」と呼ばれています。
ジャマイカ系移民の父親と母ヴォレッタ・ウォレスの間に生まれたNotorious B.I.G.ですが、2歳の時に父親が蒸発し、その後は母のヴォレッタが保育園の教師をしながら彼を育てました。
ですが、Notorious B.I.G.の育ったブルックリンのベッドスタイは、カリブ海の移民が多く住み、犯罪とクラックが蔓延する環境だったことから、彼もそんな環境にしだいに影響を受けるようになりました。
17歳の頃、武器の不法所持で逮捕されたことがきっかけで高校を退学し、麻薬のディーラーとして働くようになりましたが、麻薬の売人時代にも地元ではフリースタイルラップ・キングとして知られていました。そんな Notorious B.I.G. がデビューするのは、ビッグ・ダディ・ケインのDJ、ミスター・シー(Mister Cee)がNotorious B.I.G.のデモテープを聴いたことや、ヒップホップ雑誌 “The Source” に紹介されショーン・パフィ・コムズに見出されことがきっかけでした。
ショーン・パフィ・コムズが設立した新レーベル=バッド・ボーイと契約したNotorious B.I.G. は、1994年にデビューアルバム “Ready To Die” をリリースしましたが、このアルバムはヒップホップアルバムの名作として現在でも大きな評価を得ています。
デビューアルバムで一躍知られるようになったNotorious B.I.G.ですが、その後、西海岸を代表する人気ラッパー、2PAC との確執が”東西抗争”としてマスコミを騒がせると、最終的に 2PAC が何者かの銃撃によって死亡するという事件へと発展しました。
そして 2PAC の事件からわずか半年後の97年3月、セカンドアルバム “Life After Death” のリリース直前に、Notorious B.I.G.もロサンゼルスで凶弾に倒れるという悲劇が起こりました。24歳という若さでの早すぎる死でした。
Notorious B.I.G. の死後にセカンドアルバム “Life After Death” がリリースされると、アルバムは初の全米チャート1位を記録し、アルバムの売上も1000万枚になるなど、彼のカリスマ性を高めました。また、米MTVが2006年に発表した“ヒップホップ史上最も偉大なMCランキング”でジェイ・Z、2パックに次ぐ堂々の3位にランキングされるなど、今も絶大な影響力を放つヒップホップ史に残るラッパーとして君臨しています。

代表曲:Juicy・Big Poppa

ノーティ・バイ・ネイーチャー(Naughty By Nature)

Treach(トレッチ)、Vinnie(ヴィニー)の2MCと、DJ兼プロデューサーのKay Gee(ケイ・ジー)の3人からなるヒップホップユニットです。
1991年にアルバム『Naughty By Nature』でデビューしました。
彼らの魅力はハードコアな歌詞の内容にもかかわらず、そのサウンドを軽快な雰囲気に仕上げちゃうところでしょうか。
パーティーシーンにも合うようにポップ性の高い曲をサンプリングしていることで、とても聴きやすい楽曲が多いように感じます。またそういったところが多くのリスナーから支持されている大きな理由でもあると思います。
ケイ・ジーはR&Bアーティストたちの曲をプロデュースしていることもあり、ノリが良くてポップな感じの「踊れる」音づくりは得意です。その証拠に今でもノーティ・バイ・ネイーチャーの楽曲はクラブで流れたり、ダンスバトルで使われたりすることが多いです。

代表曲:Hip Hop Hooray・Everything’s Gonna Be Alright

パフ・ダディ(Puff Daddy)

『パフ・ダディ(Puff Daddy)』と検索すると、『ショーン・コムズ(Sean Combs)』と出てきます。人違いではありませんよ。
ショーン・コムズ(Sean Combs)はMCネームをはじめ、ニックネームを頻繁に変えることでも知られています。
アメリカ・ニューヨーク出身。バッド・ボーイ・エンターテーメント経営者であり、音楽プロデューサー、そしてラッパー、さらにはファッションデザイナー、俳優です。パフ・ダディ(Puff Daddy)は、この全ての分野で成功することが出来たといわれています。彼を紹介する記事などでは『ヒップホップ界の怪物』と記されることもあります。
ヒップホップ音楽を牽引してきた一人でもあるといわれているパフ・ダディ(Puff Daddy)は、ダンスフロアで「ウケるだろう」という曲を見抜く勘が人一倍冴え、ヒップホップ界にとどまらず、マライア・キャリー、ボーイズIIメンなどのプロデュースなども手掛けています。

代表曲:Victory・Is This The End

Public Enemy

ニューヨークのロングアイランド出身のパブリック・エナミー(Public Enemy)は、グループの中心メンバーであるラッパーのチャックDおよび、DJのターミネーターXおよびプロフェッサー・グリフによる社会派のヒップホップグループです。

1982年にチャックDのデモテープの「パブリック・エナミー#1」をDef Jamの共同経営者でありプロデューサーリック・ルービンが気に入ったことから、自分のレーベルでデビューできないかとチャックを口説きにかかりました。最初は断っていたチャックDでしたが、最終的にはリックのリクエストに応じてデフ・ジャム所属のグループとなりました。
もともとラップだけでなく政治や社会について興味のあった3人は、ラン・DMCとクラッシュを組み合わせたような、ラップとパンクの精神を融合させたグループを作ろうというコンセプトのもと、デモテープの曲にちなんで自分たちのグループをパブリック・エナミー(Public Enemy)と名付けました。
1987年にパブリック・エナミー(Public Enemy)のデビューアルバム ”Yo! Bum Rush the Show” がリリースされ、強いビートとパワフルなレトリックが批評家からは絶賛されましたが、アルバムの売上は今一つ伸びませんでした。
しかし、1989年にセカンドアルバム  ”It Takes a Nation of Millions to Hold Us Back” がリリースされると、ラップにおける政治的、民俗的意識の向上やアルバム単位での完成度の高いことから、その後の音楽のシーンに与えた影響ははかり知れないものとなりました。
さらに、1990年にサードアルバム “Fear of a Black Planet” をリリースすると、彼らのアルバムの中で最も売れたアルバムとなり、アルバムに収録された “Fight the Power” はスパイク・リー監督の映画「ドゥ・ザ・ライト・シング」のテーマ曲となりました。
その後もコンスタントにアルバムを発表したパブリック・エナミー(Public Enemy)は、以降のアーティストたちにも強い影響を与え、ヒップホップという音楽ジャンルのメッセージ性をより社会的なものにした功績から、2013年にはロックの殿堂入りを果たしました。

代表曲:Hader Than You ThinkCan’t Truss it

Pitbull(ピットブル)

世界中のパーティーピーポーに親しまれている『お祭り番長』ことPitbull(ピットブル)です。因みにピットブルという犬種は闘犬として有名です。
ラッパーのPitbull(ピットブル)はアメリカ・マイアミ出身のラテン系歌手です。

Pitbull(ピットブル)の魅力はラテン系の音楽(サンバや、レゲエなど幅広いですが)と彼のしゃがれた低い声がしっかりとマッチしているところだと思います。
また、曲によってはスペイン語だったり、英語だったり、はたまた二つの言語が混じっていたり、もうわけがわからないような状態でも「盛り上がれる!」という不思議なところも魅力です。Pitbull(ピットブル)は他のアーティストとコラボすることが多く、いつも引っ張りだこです。ひとりで歌うというスタイルよりも圧倒的に多いですね。
ラテン系アーティストやポップス系のアーティストなどジャンルは様々ですが、どの曲も良くとてもなじみやすいと感じます。
一味違うヒップホップサウンドですが、おすすめのアーティストです。

代表曲:Rain Over Me・We Are One

Beastie Boys

Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) は、1978年に結成されたハードコアパンクバンド「ヤング・アボリジニーズ」(the Young Aborigines)のメンバーから結成されました。

当初はボーカルにマイケル・”マイクD”・ダイアモンド、ベースにジェレミー・シャタン、ギタリストにジョン・ベリー、ドラムにケイト・シェレンバックというメンバーでしたが、1981年にシャタンが脱退すると、後任にアダム・”MCA”・ヤウクがベースを担当し、バンド名も Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) に変更されました。その後、ジョン・ベリーが脱退すると、後任にアダム・”アドロック”・ホロヴィッツがギターを担当しました。
1983年に実験的なヒップホップ・シングル ”Cooky Puss” を発表し地元で成功した後、Beastie Boys(ビースティ ボーイズ) は次第にヒップホップへと移行していきましたが、その後ケイト・シェレンバックが脱退し、マイケル・”マイクD”・ダイアモンドがドラムを担当することで、現在のオリジナルメンバーとなりました。
1985年にはマドンナやRUN DMC等のツアーで前座を務め、その翌年にデビューアルバム
”Licensed to Ill”  をリリースしました。音楽的にはパンクやハードロックの色が強く、ラップも黒人的なリズム感を持ったものではないものの、ビルボード200チャートでラップレコードとして初めて首位に立つという快挙を成し遂げました。
1989年にサンプリングを激しく活用した評価の高いセカンドアルバム ”Paul’s Boutique” を発表後、1992年発表の ”Check Your Head” や1994年に Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) の人気を決定づけた、ヒップホップとギターサウンドを融合させたアルバム ”Ill Communication” をリリースすることで、メインストリームからも次第に注目されるようになりました。
これまで、Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) は米国で2000万枚のレコードを売り上げ、1986年から2004年までに7枚のアルバムがプラチナセールスを記録し、2012年にはロックの殿堂入りを果たした3組目のラップグループとなりました。また、「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」においても第77位に選ばれています。
そんな Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) でしたが、2012年にオリジナルメンバーのアダム・”MCA”・ヤウクが癌で亡くなると、残った2人のメンバーはヤウク抜きでの音楽活動はできないと判断したことから、以降音楽活動を中止し、残ったメンバーはバンドの自叙伝の執筆や映画制作活動を開始しました。映画としては、2018年に 『Beastie Boys Book』が、2020年には『Beastie Boys Story』(監督スパイク・ジョーンズ)が公開されています。なお、バンド名の由来は Beastie Boys (ビースティ ボーイズ) が敬愛するハードコア・パンクの重鎮 Bad Brains( バッド・ブレインズ)にあやかり、「Bで始まる単語2つを頭文字にするバンド名にしよう」ということからつけられたそうです。

代表曲:Sabotage・Fight For Your Right

50 Cent(フィフティー・セント)

50 Cent(フィフティー・セント)を紹介するにあたって、どこから話したらいいのでしょう?
過去には「サグなラッパー」と紹介されることもしばしば。ストリートを自身で経験したからこその説得力があるリリック(歌詞)で、さまざまなラッパーに影響を与えてきました。
2000年に銃撃されるという事件が起き、レコード会社がトラブルを恐れ彼との契約を解除します。
このことでアメリカのレコード会社のブラックリストに載ってしまい、アメリカではアーティスト活動ができなくなった時期もありました。
数年後エミネムに声をかけられ、ドクター・ドレーの参加で新たにレコーディングされた曲In Da Club」で記録的なヒットを飛ばし、やっとヒップホップ界のトップスターになりました。
ストリート➡悪いことをする人たちが活動するテリトリーみたいな場所
サグなラッパー➡ワル、不良、ギャング的な意味。

代表曲:Hate It Or Love ItGet Up

Flo Rida(フローライダー)

2000年代後半にかけて爆的に人気になったアメリカのラッパーで、芸名の由来はFlo Rida(フロリダ/フロー・リダ)から取っているようです。

当時のクラブでは毎晩、Flo Ridaの曲がかかり大盛り上がりでした。(ピットブルとの相性がよく爆裂に盛り上がっていました)
曲の特徴は盛り上がれるものが多く、流れるフロートノリノリのサウンドがマッチして疾走感・爽快感がある曲になっています。
大人気シリーズのワイルドスピードやハングオーバーなどの曲にも抜擢されており全米チャートでもなんども1位に輝いている実績を持っています。
彼の音楽はHIP HOPのジャンル以外にもダンス系ミュージック(EDM)などのクラブサウンドに大きく影響を与えています。

代表曲:Wild Ones ft. Sia・Good Feeling

ミッシー・エリオット(Missy Elliott)

「クイーン・オブ・ヒップホップ」として知られるミッシー・エリオット(Missy Elliott)です。アメリカ・ヴァージニア州出身のアーティスト、プロデューサーとして活躍しています。
さらに、自分の楽曲だけではなく、様々な有名アーティストのヒット曲を生み出したソングライターとしても有名です。
ミッシー・エリオットは1989年に「シスタ」というグループを結成しデビューします。
しかし、諸事情により活動を終了することになってしまい、その後の数年間はソングライターとして楽曲を提供するようになります。
彼女に才能があったことは確かですが、この頃にソングライターとして経験を積んだことは大きな財産となったことでしょう。
1997年にラッパーとしてデビューし、次々とシングルやアルバムをヒットさせ続け、今や多くの女性ラッパーたちにとって憧れの存在となっています。

代表曲:4 My People feat.Eve・We Run This

Mos Def(モス・デフ)

ニューヨークのブルックリン出身のアーティストで俳優もしています。デ・ラ・ソウルの「Stake Is High」でフィーチャーされて頭角を現しました。
デ・ラ・ソウルについてはまた別記事で紹介しますのでお楽しみに。曲としては少し煙い感じで渋い感じのHIP HOPでメインストリームというよりアングラサウンドだと思います。
名前の由来は「most definitely」という口癖から由来していると言われており、活躍した時期は90年代になります。
現在は引退しており、アフリカに移住しているとのこと。名前もモスデフではなくヤシーン・ベイに改名しています。
※俳優としても活動しているだけあって男前です。

代表曲:Im Leaving・Sunshine

Mobb Deep(モブ・ディープ)

Havoc(ハヴォック)とProdigy(プロディジー)のヒップホップデュオです。彼らの魅力は『リアリティ・ラップ』です。
アメリカのゲットー(貧困層共同住宅周辺)で日常茶飯事のように起こる暴力沙汰をテーマにし、ストリートの現実に根ざした「ど・ストレート」な歌詞で、攻撃的なヒップホップのスタイルを貫いています。
Mobb Deep(モブ・ディープ)が作り出すトラックは、聴く側に強烈な印象とハードコアな感情を引き起こすように念入りに作り込まれていて、現在活躍している多くのアーティストに影響を与えています。
ハードコア・ヒップホップ界の中でも、ダークで恐怖感すら感じられるような、いわば五感に訴えてくる感じは群を抜いていますよ。
東海岸のギャングスタ・ヒップホップの代表的グループのひとつとして人気を集めています。硬派なヒップホップが好きなかたは、ぜひ『ガッツリ浸って』聞いてみることをおすすめします。

代表曲:Shook Ones Part IIHell On Earth (Front Lines)

Run DMC(ラン・ディ・エム・シー)

彼らの魅力は重厚なビートを使ってハードロック調に仕上げられた音楽スタイルです。ロゴが有名でTシャツを着ている方を見かけることもあります。
それまでのスタンダードなビートとはあきらかに違い、過去にもハードロック調のヒップホップ音楽がなかったので、黒人以外のリスナーをも虜になりました。アメリカ・クイーンズ出身。DJのジャム・マスター・ジェイ、MCのRun(ジョセフ・シモンズ)とD.M.C.(ダリル・マクダニエルズ)の3人組。
1983年に「It’s Like That」でシングル・デビューします。
Run DMC(ラン・ディ・エム・シー)はヒップホップ界の歴史において、革命的な音楽スタイル『ロックとの融合』をやり遂げただけではなく、そのファッションも注目されました。adidasのスーパースター、カンゴールのハットなどが人気になり、今でもオールド・スクール系ファッションとして定着しています。
2002年にジャム・マスター・ジェイが射殺されるという衝撃的な事件をきっかけに、グループとしての活動は休止することになりました。

代表曲:King of Rock・Faces

Lil’ Kim(リル・キム)

女性のラッパーで「ヒップホップの女王」と呼べる存在なキム姉さん。
40代になった今も、ラップ界の女王として君臨し続けています。
ラッパー、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、さらにはモデル、女優とマルチな才能の持ち主でもあります。
ビジュアルの過激などいろんな意味で自分の気持ちに正直な感じが凄いですね。
Lil’ Kim(リル・キム)に憧れてヒップホップの世界に飛び込んだアーティストはたくさんいますが、彼女を超えるような才能やパワーをもつアーティストはまだでてきていないと思います。
1995年にヒップホップ・チーム、『ジュニア・マフィア(Junior MAFIA)』のメンバーとして注目を集めました。このあたりからのファンというかたも多いと思います。なんせグループの紅一点として圧倒的な存在感を見せつけていましたもんね。
現在もそのグラマーな美貌と突拍子もない衣装で、世間に衝撃を走らせています。

代表曲:No Matter What They SayLighters Up

リル・ナズ・X

アメリカ出身のラッパーで本名は本名(モンテロ・ラマー・ヒル)。
「オールド・タウン・ロード(Old Town Road)」が19週連続で全米シングルチャートの1位を獲得する伝説的な記録を保持し、ギネス記録だそうです。TikTokで人気を博しグラミー賞も受賞している勢いのある比較的若手のアーティストです。
名前の由来は三菱の「モンテロ」(日本名だとパジェロ)という母親が乗っていた日本車が由来だそうです。
芸名の由来はSNSのハンドルネームがナズでそこにリルとXをつけてこの名前にしたそうです。
(個人的にはNASに影響を受けたのかと思いきや関係がなく少し残念でした。)
同性愛者ということカミングアウトしてニュースになっていました。(格好を見ればカミングアウトしなくても何となく察しがつくと思います)

代表曲:MONTERO・Old Town Road

リュダクリス(Ludacris)

1977年生まれのアメリカ人ラッパー兼、俳優です。芸名は、本名のクリスと「滑稽」という意味のludicrousをかけたもだそうです。
最近はラッパーというよりも俳優として活躍していると言えます。ワイルドスピードシリーズに出演しているので「みたことある」という方も多いと思います。
太い声で思いビートにゴミがu〜という伸ばし系の韻をよく踏んでパワーがある感じの羅xtyぷが多い感じます。
ラッパーとしての活躍時期は2000年〜2005年程度かと思います。アッシャーとコラボしたYeah!全米1位を獲得するなどビックアーティストともコラボしています。
そうしたコラボもあり、第47回グラミー賞にて、最優秀ラップ・コラボレーション賞を受賞しています。

代表曲:Act A Fool

Redman(レッドマン)

90年代から第一線で活躍してきたRedman(レッドマン)50歳間近になった現在でも、まだまだ現役バリバリですね。
DJ、レコードプロデューサー、そして俳優としての顔も持っています。
Redman(レッドマン)といえば「リアル」なラッパーの代名詞といえるかもしれません。彼の飾らない「リアルさ」は、現在のヒップホップシーンにおいて必要な要素のひとつで、そのスタイルから学べる事は多いといわれています。
ヒップホップは、どちらかといえば若手アーティストが輝く世界だというイメージがあります。
「◯◯歳になったら引退」という風潮があるのも、悲しいことですが事実です。
しかし、Redman(レッドマン)はそんなことはおかまいなしといった感じで、積極的に活動しています。
鼻炎を患っているとかで鼻にかかった声なのですが、それすらも自身の個性だとして楽曲づくりに利用しています。なんてポジティブなんでしょう。

代表曲:Tonight’s Da NightTear It Up

HIP HOPおすすめアーティストまとめ

いかがだったでしょうか?
まだまだ紹介しきれないほど多くのアーティストがいるため徐々に追加していきますので定期的に見てもらえると嬉しいです。
HIP HOPもパーティ系(POPより)のものからアンダーグラウンドなものまで幅が広いので好きな感じは人によって違うと思います。
また、メッセージ性や人権問題、住んでいる環境について歌っているものが多いので日本人では理解できない部分もあると思いますが、一つの社会勉強として役立つ要素も盛り込まれていると思います。HIP HOP×ロック、HIP HOP×POP、HIP HOP×カントリー、などジャンルを跨いでクロスオーバーして今後も進化していくと思うので目が離せないジャンルなので今後もチェックしていきましょう!

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